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焼酎醸造好適大麦「ニシノホシ」の未来

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焼酎醸造好適大麦「ニシノホシ」の未来

■奈良から大分へ
 私が生まれ育った奈良県は歴史の宝庫であり、国宝や重要文化財など多くの文化資源が分布しています(出身中学校の裏山には古墳がありました!)。また、県の農業関係機関に勤めていた両親の影響もあり、昔から農業や自然や文化は身近な話題のひとつとして話をすることが多く、自然と興味を持つようになりました。
 大学では生物学を専攻し、環境修復に役立つ植物を遺伝子組換え技術を用いて作り出すための基礎研究をしました。実験と酒と部活の毎日でしたが、修士課程修了にあたって今後の人生を考えるうちに、自分の好きな日本酒造りを生業とすることに魅力を感じるようになりました。現在では日本酒の良さが見直されていますが、当時は、日本酒業界は非常に苦戦していた時代。いろいろな日本酒造りが心置きなくできる環境があると思い三和酒類に入社することを決めました。

■日本酒、焼酎、そして農業
 2005年春、三和酒類へ入社に伴い大分県宇佐市に移住しました。日本酒が造れれば就職先にこだわりはなく、就職で初めて訪れた土地でしたが、住んでみると、宇佐市も地元奈良県と同じく歴史ある土地で自然も多く、瀬戸内文化圏という事もあったのかもしれませんが、遠くに来ているという感覚もありませんでした。
 入社後は研究所に配属となり、当時は社内ベンチャー的な存在だった部署で焼酎・清酒の小規模醸造に携わっていました。当時から製造していた焼酎の原料は宇佐産の二条大麦「ニシノホシ」でした。醸造の傍らニシノホシ生産者へのヒヤリングも行い、お客様に生産者の声をお届けすることもしていました。その後7年ほど日本酒の醸造を主に行った後、今は三和酒類の麦焼酎製造の部門に所属し、焼酎醸造の支援を行う傍ら、地元産大麦「ニシノホシ」の生産確保や栽培技術向上に向けて生産者や関係機関とのコミュニケーションを続けています。

■焼酎醸造好適大麦「ニシノホシ」とは
 日本酒には、酒造専用に品種改良をした「山田錦」や「五百万石」などの酒造好適米がありますが、当社が麦焼酎製造を始めた時には、そのような品種改良された大麦はありませんでした。麦焼酎にも日本酒のように酒造好適麦をつくろうと、1993年から、大分県の農業技術センター(現・大分県農林水産研究指導センター)、大分県産業科学技術センターおよび大分県本格焼酎技術研究会の三者の共同研究がスタートしました。この研究が実を結び、1997年に焼酎醸造好適麦として「ニシノホシ」が生まれました。当社ではこの「ニシノホシ」を100%使用した、地産地造※(地元で生産された大麦を使い、地元で酒を造ること)の本格麦焼酎「西の星」を2001年より発売しています。もし皆様の街で見掛けたら、是非お試しください。

 
【夕陽に輝くニシノホシの穂】


 「ニシノホシ」が焼酎醸造に適している点を3つご紹介します。一つ目は栽培の適性。九州は昔から二毛作で、6月から10月にかけては米作、11月から5月末までは麦作を行います。「ニシノホシ」は早生(わせ)品種で収穫が早いため、米作に影響を及ぼすことが少ないため生産者の作業効率向上に役立っています。二つ目は精麦の適性。お米を精米するように、焼酎用の大麦は醸造に使用する前に麦の粒の外側を削る必要がありますが、「ニシノホシ」はそれまでの品種に比べて大粒・均一で割れにくいため、割れ麦が少ない精麦ができます。割れ麦はその後の発酵に影響を与えるため、少ないことが望ましいです。三つ目は醸造の適性。要はアルコール発酵の効率が非常によく、出来上がった焼酎が美味しいということです。具体的な特性としては、それまでの品種に比べて吸水性(水を吸う速さ)が高いこと、お酒造りの最重要ポイントである麹を造ったときの麹の力が強く、もろみの中で麦の粒が溶けやすい良い麹ができること、そして出来上がったお酒の味がやさしくなめらかで抜群に良かったことがあげられます。

■生産者との取組み
 2001年当初は10団体17haほどの生産量でしたが、2019年には130団体1,000ha、収穫量は3,150トンにまで増えました。生産量が増えるということは「ニシノホシ」を作付けして下さる農家の方々が増えるということなので、作付けの交渉が必要となります。大分県機関や大分県農協の普及活動もあり、「地元に貢献出来るのであれば」と多くの農家の方々がご協力して下さいました。
 今は定期的に生産者を訪問して情報交換をしています。情報交換と言っても、素人の私は農業のことを教えてもらうばかりですが、作付けの状況を確認したり、品質の良いものを作るための議論をしたり、ときには他愛もない雑談をしたりといつも話は尽きません。今後、生産者との取り組みの中で「理想の酒質を実現するために、それに適した品質の麦を作って頂く」、このような生産者と造り手が一体となった酒造りが出来ればと考えています。もちろん、一筋縄ではいかないのは承知の上ですが。麦の生産量では他県には勝てないかもしれませんが、大分県宇佐市が焼酎醸造用大麦の産地として「品質」や「造り手と生産者との結びつき」では負けないように、これからもワンチームで頑張りたいと思います。

■私の夢
 ここ宇佐市でも例に漏れず農家の高齢化が問題となっています。今後、持続可能な農業を目指すには、若い人たちに関心を持って貰うことが必要となります。また、地域資源の循環という切り口も必要になると感じています。当社では「麦の学校」と称して毎年小学生に農業体験や麦文化の授業を、2018年には国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会と連携してニシノホシの麦刈り体験・工場見学ツアーを開催しました。小学生や普段農業に携わらない方々には貴重な体験になったのではないかと思います。
 
                    【「麦の学校」の様子】

 地域資源の循環という切り口では、焼酎醸造で発生した副産物である大麦発酵液を肥料として有効活用する試験もすすめようとしています。私一人では多くのことは出来ませんが、行政・学校・地域・農家・社内の色々な人を巻き込んで焼酎の醸造を通じて宇佐の農業に貢献できればと思います。
 これまで、ニシノホシの取り組みは約20年間継続することが出来ました。それもひとえに生産者の皆様、焼酎「西の星」をご愛飲いただいている皆様のご協力の賜物です。いつの日か大麦栽培や焼酎醸造が宇佐市の文化として広く認識していただけるように取り組んでいきたいと思います。
 そして、ワインや日本酒がそうであるように、麦焼酎を飲んだ時に宇佐のような日本の農村風景を感じ、麦焼酎を愉しむことでその人の人生の質が高まるように、麦焼酎を愉しむということ自体が、もう一段上の文化に昇華できる日を夢見ています。

  • 稲村 太郎

    三和酒類株式会社 / SCM本部付 生産企画チーム チーフ

    1980年、奈良県橿原市生まれ。広島大学理学研究科修了後、2005年三和酒類に入社。
    趣味:こどもに遊んでもらう、田んぼ。