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こうじ探求人の学び日記 その4 ~“うまみ”を引き出す「タネ」と「仕掛け」~

CULTURE

こうじ探求人の学び日記 その4 ~“うまみ”を引き出す「タネ」と「仕掛け」~

■夜明けのスカッと
 私の住む大分県は、残念なことにテレビ東京の地上波を主体で放送する局がありません。ただ、BSテレ東がありますので、ワールドビジネスサテライトはリアルタイムで観ることができますし、ガイアの夜明けは約2週間遅れますが観ることができます。(カンブリア宮殿がBSで放送されないのは残念な限りです。)

 さて、BSテレ東で2020年4月6日放送のガイアの夜明けは、『ニッポンの“食”を守る!~コロナショックを乗り切れ~』というタイトルで、様々な肉や魚を包んで保管しておくと、腐敗しないと同時に熟成が進み、肉や魚の持つうまみが驚くほどに増強されるという包装シート(布)を紹介していました。
 私も、研究者の端くれですので、どのようなメカニズムでこの効果が発揮されるのかが気になりました。当初は、腐りにくいということから、酸化チタンなどの光触媒を布にしみこませているのではないかと予測したのですが、それだけでは短期間で驚くほどに熟成が促進されるということと整合が取れません。そこで、一般的な熟成肉とはどのようなものなのかを調べてみたところ、熟成肉の表面は変色が起こっており、明らかに何らかの微生物が生育していることがうかがえました。さらによく調べると、適正な条件で保管することにより、肉の表面に存在している(または意図的に吹き付けた)糸状菌などの微生物を繁殖させて、その微生物が生成する酵素によって、肉のうまみを引き出す技術がベースであることが確認できました。熟成後に、表面に繁殖した微生物は削り取って、食用とするようです。このことから、前述のシートには、肉や魚のうまみを引き出す酵素を多量に生産し、かつ使用するまでの乾燥などの過酷な状況でも生き続けていられる微生物が練り込まれているという予測がつきました。つまり、麹菌のような糸状菌の胞子(分生子)が練り込まれているのであろうことが予測できました。

 
【熟成肉の表面はカマンベールチーズのように微生物で覆われている】

 次は、古畑任三郎でいうところの解決編です。本当に、予測した通りの技術であるかの答え合わせをするには特許での調査が有効です。「熟成」、「布」などのキーワードを組み合せて特許検索をしたところ、某大学と前記のベンチャー企業が出願した特許がヒットしました(特開2017-147950号)。
同特許明細書によると、予測通りにヘリコスティラム属又はタムニディウム属に属する糸状菌の胞子をレーヨン素材のシートに練り込んでいるという技術であることが確認できました。(この特許は肉の熟成について記載されていますので、魚の熟成には別の糸状菌が使われていると思われます。)つまり、魔法のシートによる手品のような技術のタネは、微生物の胞子(種)であることが分かりました。ガイアの夜明けで生じた謎が解けて、私の心もスカッと晴れわたりました。
 さらに、もう一つの発見がありました。肉の熟成について書かれたこの特許は、2020年3月6日に特許登録されていることが確認できました。地上波のガイアの夜明けで同技術が放送されたのは3月24日ですので、技術の模倣を防ぐために、特許という切り札を仕込んだ上で放送に応じる(=広報活動を強化する)という綿密な戦略が練られていたことが考えられますね。

 今回の熟成シートは、糸状菌の酵素を最大限に活用して、肉の熟成を促進し、うまみを引き出すという技術が中核の一つをなしています。これは、麹菌の酵素を活用して、食べ物の熟成や“うまみ”を引き出すという塩麹と同じ作用の技術と言えそうです。

■氏も育ちも大切
 学び日記のその3で、麦芽がもつ酵素の主体は糖質類を分解するアミラーゼであることを記しましたが、微生物である麹菌も、アミラーゼのみではなく、タンパク質類を分解するプロテアーゼや、脂質類を分解するリパーゼなどの多種多様な酵素を生産します。
 プロテアーゼ系の酵素は、タンパク質を分解して、様々な健康機能が見出されているペプチドや、グルタミン酸やグリシンなどうま味やあま味の基であるアミノ酸を生成させます。リパーゼ系の酵素は、脂質を分解して、多様な風味や食感をもった脂肪酸などを生成させます。よって、麦や米を原料として麹菌を生育させる(=麦や米の糖質、タンパク質、脂質を麹菌の酵素で分解させる)ことによってつくる“こうじ〔麹・糀〕”は、独特の“うまみ”を有すると同時に、様々な健康機能を有しています。
 “こうじ”は、そのまま食しても十分に美味しく、体に良いと言われているものなのですが、古の日本人は、“こうじ”に酵母や乳酸菌を加え、さらなる発酵をさせて、より複雑で深みのある味わいを持った、味噌や醤油、清酒などの、「麹×発酵」が活かされた日本の伝統食品をつくり出しました。
 ここで、うま味やあま味と表現されるような舌で感じる味の本体であるアミノ酸や糖類は、基本的には揮発(蒸発)しません。そのようなこともあり、揮発する成分でつくられる蒸留酒には、“うまみ”はないと思われがちです。ところが、“こうじ”をつかった蒸留酒である本格焼酎に“うまみ”を感じるという方が数多くいらっしゃいます。これは、“こうじ”に由来する成分を酵母が発酵することによって生成する脂肪酸エステルなどの揮発成分が、「人が“うまい”や“あまい”と感じられる香味(風味)」を持っていることが一つの要因であると考えられます。このように、「麹×発酵」という伝統技術は、「舌で感じるうま味」に加えて、「うまいと感じられる香味」が補強された、複雑な“うまみ”をつくり出す技術であることが確認できます。



【資料:「麹×発酵」でいろいろな成分ができる】

 ところで、日本には、家柄よりも育つ環境が人柄に大きく影響し、大切であることを表す「氏より育ち」ということわざがありますが、学び日記その1にもご登場いただいた秋田の麹の大先生は、微生物を有効に活用する際には「氏も育ちも大切」と説いておられます。つまり、麹菌などの微生物は、その“氏(種属:黄麹菌、白麹菌、黒麹菌など)”も大切であるが、“育て方(温度や湿度の管理)”も同じくらい大切ということです。
 実際、麹菌は非常に繊細な生き物で、麹を育てる工程〔製麹(せいきく)工程とよぶ〕の微妙な温度や湿度の違いによって、育ちが悪くなったり、生成する成分が大きく変わるなどの現象がおこります。KOJI-bitoの丸尾場長 は、「酒づくりの主役は麹菌や酵母菌で、彼らが気持ちよく働くことが出来るように職場環境を整備することが我々の仕事」と語っています。丸尾場長、謙遜で微生物を主役に立てていますが、この微生物が快適にすごせる環境を、鋭い感性と長年の経験に基づいてつくりあげるというのは、職人のみがなせる業です。
 このように、つくりたい酒や食品に応じて選定された麹菌は、技能をもった職人による「最適な育て方」を組み合せることにより、最大の力を発揮することができるようになります。まさに「氏も育ちも大切」ということでしょう。

 今回、前半部で“うまみ”を引き出す手品のような技術のタネは、「麹菌のような糸状菌の種(胞子)」であることを記しました。後半部を鑑みると、“うまみ”を引き出す手品のような技術の仕掛けは、「麹菌の育み方=職人の技能」であるということが言えそうです。
 手品の世界では、タネも仕掛けもございませんが常套句ですが、食や酒の世界での“うまみ”を引き出す手品においては、“タネ”も“仕掛け”も「微生物(こうじ)」にありますというのが正しいようです。

  • 林 圭

    三和酒類株式会社 / 三和研究所 所長

    1972年、芋焼酎のメッカの鹿児島県で生まれる。
    九州大学農学部修了後、三和酒類株式会社に入社。
    研究所でキャリアをスタートした後、様々な部署を経験し、
    一昨年に三和研究所に戻る。
    社外活動として、醸造学会若手の会運営委員長ののちに、
    現在は日本生物工学会の理事を務める。
    50年代のジャズとNFL観戦を好む。