記事Article

こうじ探求人の学び日記 その5 ~壱號蔵という場所~

CULTURE

こうじ探求人の学び日記 その5 ~壱號蔵という場所~

■天窓は自然の力を利用した空気循環システム 

 三和酒類壱號蔵焼酎道場体験に参加した時のことです。
 焼酎造りの工程では、大麦原料の蒸し作業など、もくもくと蒸気が立ち上る作業が数々あります。
 最近の酒蔵は換気扇などの排気装置で強制的に蒸気を外に排出するのですが、壱號蔵には換気扇が見当たりません。丸尾場長に話を聞いたところ、決してお金の工面がつかず、泣く泣く換気扇をあきらめたわけではなく、「天井部に天窓や越屋根などの窓を設置すれば、蒸気などの温まった空気は自然とそこから排出される」というアドバイスを三和酒類の醸造顧問も兼ねる会長よりもらったので排気装置をつけなかったそうです。
 実際に、蒸麦の作業中に蒸気の流れをながめてみると、甑(蒸し器)から湧き上った蒸気は龍のようなフォルムを描きながら壱號蔵の天井に設置された越屋根に吸い込まれていき、代わりの新鮮な外気が下の窓から取り込まれるという自然空気循環が成り立っていました。これは、蒸気等の暖まった空気は比重が軽くなり、上へ上へと押しやられるという性質を利用しているようです。


 
【甑(蒸し器)から立ち昇る蒸気が越屋根を抜けて外へ】


 昔の酒蔵の中には、この天窓や越屋根を使った空気循環の原理が使われる場所がもう1カ所あったようですが、皆さんご存知でしょうか?
 それは、麹菌を培養する麹室(こうじむろ)という部屋です。麹菌は、増殖する段階で熱を発します。また、その生育工程において、人間と同じように酸素を必要とします。よって、麹室の温度は麹菌の増殖に伴ってどんどん上昇し、かつ、酸素は薄くなっていきます。この麹室の室内温度が高くなった際に活躍するのが天窓です。
 天窓の中でも異彩を放つのが、明治43年(1910年)に酒の神様と称される野白金一先生が考案した「野白式天窓」です。同天窓は麹室の天面部に取り付けられた煙突のような形状のもので、麹室内と麹室外の温度差を利用した温度差換気システムです。麹室の室内温度が上昇し、室外との間に温度差が生じた際に、天窓のスライドドアを開くと、熱された空気は上昇して天窓を通じて外に出ようとするのですが、野白式天窓の秀逸な点は、長さ(高さ)の異なる2本の換気口を併設しているところです。換気口頂部の高さが違うことにより、先端部での気圧の差が生じますので、長い換気口頂部(図の【イ】)については負圧が、短い換気口頂部(図の【ロ】)については正圧が作用します。そのことにより、【イ】では上方向に、【ロ】では下方向に空気の流れが発生して、麹室を仲介しての自然循環が生まれます。これにより、麹室の温度が下がると同時に、麹室内に外気中の酸素が持ち込まれます。
 電気式の換気扇が日本で使われ始めるのが1925年頃のようですので、1910年当時は風通しが悪い場所の換気にたいへん苦労をしていたことが窺い知れます。実際に、昔の蔵人は、麹造りに魂を込めすぎて、麹室内で酸素欠乏に陥るということもしばしばあったようですが、野白式天窓の設置により迅速かつ効果的な空気循環が可能になり酒造りの現場の安全面も改善されたそうです。


 

図: 野白式天窓の空気循環の原理 
五十嵐ら、日本醸造協会誌、第101巻、第9号を参考に作成


 近年、大規模な酒類製造を行う際の製麹(麹菌の培養)については、製麹装置という設備が用いられることが多くなっています。この装置内では、温度管理や湿度管理、空気の循環などが強制的に行われます。製麹機を用いると、大量に、安定した品質の麹をつくることができるという大きなメリットがありますが、一方で、麹室での製麹のような「麹菌の育ち」に伴う個性やそれに由来する酒質の微妙な変化の愉しみは得られにくくなっているのかもしれません。

 三和酒類の壱號蔵は、先達が長い年月をかけて培ってきた酒造りの技能や技術について、実際に造りの体験することで、その愉しさや奥深さを味わってもらうことを主旨として立ち上げられた蔵です。壱號蔵の資材の一部には、古を偲ぶ思いから、既に役目を終えて解体された蔵の木材が新たな息吹を吹き込まれて使われています。ただ、それだけではなく越屋根を用いた空気循環に見られるように建物の設計思想においても、古の酒造りの思想を取り込んでいます。まさに壱號蔵は酒造りの魂が継承される場所であることが確認できました。


※掲載写真について 〜「こうじらぼ」さんに感謝〜
 私が「こうじ探求人の学び日記」の記事で用いている写真の多くは、NIPPON KOJI SPIRITの管理人兼Twitterの中の人である「こうじらぼ」さんに用意してもらっています。日記その2の宇佐神宮の写真も彼がシャッターを切ったものです。本記事を仕上げる際にも、壱號蔵の越屋根の写真をぜひお願いしたいというリクエストを出したところ、快く応じてくれました。
 そして、持ってきてくれたのが文頭の壱號蔵の写真と龍が天に昇るかのような迫力のある甑(蒸し器)の写真です。まさに、想像していた写真でした。(いや、想像をはるかに超えるものでした。)
コロナ禍の影響を受けて、残念なことに壱號蔵の運転もまばらにせざるを得ないのですが、写真を取りに行った日に、たまたま蒸しの作業が入っていて、蒸気がかたどる龍の姿をカメラに収めることができたそうです。
 「(強運を)持っていますね!!」と言いながら写真を見せてくれた彼の誇らしげな表情と、どこに行けばそれほどまでにチョコレート色になれるのかと教えてほしいほどの顔の日焼けが印象的でした。
こうじらぼさんか、私か、どちらが持っている人であるのかは不明ですが、こうじらぼさんと一緒に取組めば、いい仕事ができることは確かなようです。
 こうじらぼさんには大変感謝しておりますので、これからもよろしくお願いします。

以上

  • 林 圭

    三和酒類株式会社 / 三和研究所 所長

    1972年、芋焼酎のメッカの鹿児島県で生まれる。
    九州大学農学部修了後、三和酒類株式会社に入社。
    研究所でキャリアをスタートした後、様々な部署を経験し、
    一昨年に三和研究所に戻る。
    社外活動として、醸造学会若手の会運営委員長ののちに、
    現在は日本生物工学会の理事を務める。
    50年代のジャズとNFL観戦を好む。