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朝霧は晴れ

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朝霧は晴れ

■朝霧のメカニズムと諺
 「朝霧は晴れ」という諺(ことわざ)をご存知でしょうか。読んで字の如く「早朝に霧が発生した日の日中は晴れる」という意味です。これは昔からの観察に基づく経験則ですが、現在ではしっかりと科学的な根拠があります。雲一つない晴れた夜、放射冷却によって地面から熱が奪われ、地表付近の空気が冷たくなります。その冷たい空気に溶けきれなくなった水蒸気が水滴となり、早朝に霧が発生します。夜間、ずっと雲がないということは大きな高気圧に覆われているということなので、日中は晴天が続きます。
 このように天気に関する諺を天気俚諺(てんきりげん)と言います。現代のように天気予報もなく、農業や水産業などを生業としてきた時代の人たちにとって、天気俚諺は生活をする上で非常に重要な情報でした。
 


【地を這うように流れる朝霧】


■白岩おろし
 大分県宇佐市山本に本社を構える三和酒類は宇佐平野奥の高台に位置することから、この朝霧を外から眺めることができます。晴天を確約する日の出に照らし出された朝霧の姿はさながら地を這う白蛇のようで、うねりながら山から平地へゆらゆらと移動してゆきます。この霧が噴き出す場所の地名が「白岩」ということから、地元ではこの朝霧を「白岩おろし」と呼ぶそうです。

 ではなぜ「白岩おろし」のような現象が起こるのでしょう。これには付近の地形が関係しています。宇佐平野からやや南東の山間部に位置する安心院町は、昼夜の寒暖差が激しく山風の影響で夜間に冷気が溜まりやすい盆地(安心院盆地)となっています。そこで発生した朝霧が狭い山間を抜けて平地(宇佐平野)へ移動する為、このような現象が起こると考えられます。前日の湿度が高く、風が弱い(霧が留まる)、晴れた日の朝(放射冷却)に発生することが多いので、タイミングが合えばカメラ片手に高台や展望台からこの幻想的な景色を眺めては如何でしょうか。
 


【安心院方面(奥)から山間を抜けて流れ出る「白岩おろし」】


■朝霧と文学
 『四日市の駅で降りると、バスは山路の峠を走るが、その峠を越すと山峡が俄かに展けて一望の盆地となる。早春の頃だと、朝晩、盆地にも靄が立籠め、墨絵のような美しい景色となる。ここの地名は安心院と書いて「あじむ」と読ませる。』(松本清張「陸行水行」文春文庫)

 芥川賞作家である松本清張の小説「陸行水行」の冒頭の一節です。清張は作家としてデビューする前の昭和17年、安心院町の妻垣神社を訪れた際に、その付近の農家である藤井家から受けた温かいもてなしに感激し、その後も永らく親交を深めました。そして昭和38年、この地を舞台とした推理小説「陸行水行」を発表しています。この冒頭の一節に安心院の景色が凝縮されており、此処を訪れたことがない人の脳裏にもその景色が浮かぶのではないでしょうか。

 余談ですが、霧(きり)は見通せる距離が1km未満、靄(もや)は見通せる距離が1km以上10km未満の状態のことを指します。さしずめ霧の方が靄よりも濃く、視界が悪いということになります。執筆当時に、霧と靄がこのように明確に区別されていたかどうかは定かではありませんが、文中で清張はその景色を霧ではなく靄で表現をしており、「墨絵のような美しい景色」とは「安心院盆地を囲む山々のグラデーションが墨絵のように美しい景色」のことであると思われます。

 


【盆地に沈む朝霧と墨絵のような山々のグラデーション】


■朝霧と歴史
 記紀(「古事記」「日本書紀」)によると、初代天皇である神武天皇が東征時に安心院の地に立ち寄った際、宇佐国造の祖である宇佐津彦命(ウサツヒコ)、宇佐津姫命(ウサツヒメ)は皇軍一行を迎え入れ歓待した、と記されています。また、朝霧の素晴らしい安心院盆地の景色を気に入った神武天皇は、自ら祭主となってこの地に母(玉依姫命)の御霊をお祀りしたそうです。今も昔も誰もが同じ景色で感動できるということは、人間の本質というものは時代を経ても変わらないということではないでしょうか。そうであれば、我々もこの景色を眺めることで、古代の人が霧に何を見たのか、何を感じたのか、彼らと同じ想いを共有することができるかもしれません。


■霧から靄へ
 太陽が高く昇り始めた午前9時過ぎ、霧は靄へと変わり視界が開けてきました。天気はもちろん晴れ。麦踏みを終えたニシノホシは朝露に濡れてつやつやと輝いています。青々としたその苗は本日の晴天を知っていたかのようにピンと葉を張り、朝靄から覗く太陽の光を浴びてすくすくと育っています。
 これらの景色は豊かな自然からの贈り物であり、このような環境の中で私たちは日々の生活を営んでいます。自然の恵みを大切にし、その恩恵にあずかることで私たちの生活が成り立つのです。これから100年、1000年とこの景色を残していくためには「人と自然との関係が豊かである」ことが大事なのではないでしょうか。そう思わせてくれる宇佐の朝霧の景色でした。



【ニシノホシと朝靄と太陽】


参考文献:
「松本清張と安心院」(発行 / 松本清張とふるさと安心院の会)
「悠久の共鑰山」(発行 / 妻垣神社社務所)
「陸行水行 別冊黒い画集2」(著者 / 松本清張 発行 / 株式会社文藝春秋)


  • こうじらぼ

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