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こうじ探求人の学び日記 その8 ~人類の探求心と創意工夫~

CULTURE

こうじ探求人の学び日記 その8  ~人類の探求心と創意工夫~

■日本の自然や文化、職人の技を映し出す映画監督

 昨年の年末に、プロダクション・エイシアからメールが届きました。エイシアの柴田昌平監督の映画『陶王子2万年の旅』が公開されるというお知らせでした。私たちが使っている食器の起源を紐解きながら、約2万年前から続けられている私たちの祖先の創意工夫を明かしていくというストーリーのようです。

 

【『陶王子 2万年の旅』ポスター】

 私が最初に柴田監督の作品に触れたのは、2014年上映の『千年の一滴 だし しょうゆ』でした。和食のベースである出汁の奥深さ、それにつながる麹や発酵の魅力、日本人と自然との関係などを、美しい映像という形で、世界に向けて発信した作品でした。ちょうど、この時期に和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、その後、世界で静かな発酵ブームが起こるのですが、きっとこの作品が火付け役というか、大きな一翼を担ったのであろうと想像してしまう作品です。

 この映画に大きく心を揺さぶられた私は、「麹プロジェクト」という概念が浸透しつつあった三和酒類の仲間にも、感動を分かちたいと思い、2016年に柴田監督に会社での講演をお願いしました。柴田監督は、講演を快く引き受けてくれた一方で、もしかすると、講演をドタキャンしてしまうかもしれないと仰るのです。詳しく聞くと、ちょうどその時期に次の作品を撮影中であり、ウミガメの産卵シーンを撮影するために、常時海岸に貼りついていて、もし良い映像が撮れていない場合には、大分に行けないかもしれないというお話でした。

 幸いにも、無事に講演はしていただけたのですが、柴田監督はその日の朝まで海岸で撮影をしていて、海岸から直接空港へ向かい、飛行機で大分に来ていただいたということでした。良い映像を記録しようという探求心と徹底的な現場魂というものに頭が下がりました。その時の海岸での映像は、NHKスペシャル『黒潮 ~世界最大 渦巻く不思議の海~』に記されていると思います。

 柴田監督の作品でもう一つ印象深いのがNHK BS1スペシャルで放送された『人生は旅だ 料理も旅だ』です。現在、第2シリーズまでが放送されており、「帝国ホテルのフランス人シェフであり、ミシュランの三ッ星を獲得したことがあるティエリー・ヴォワザン氏が見つけた日本」という視点から、日本の食材や食文化を探索するという構成です。

 フランス料理は、「火の力」を利用して(炎を自由自在に制御することで)、おいしさの要素の一つであるメイラード反応を人が的確に制御して、様々な風味を生成させているそうです。対して、和食は、「微生物の発酵の力」で、じっくりと時間をかけて、メイラードの風味や発酵産物など様々なおいしさやうまさを産み出させ、その素材の良さを生かすことを主眼に置いた調理法で、料理を組立てるそうです。番組の中では、和食のおいしさのベースの代表格であるかつおだしの風味をフレンチに活用した、斬新で独創的なディッシュが紹介されていました。このときにヴォワザン氏が語っていた、『大事なのは「調和」を保ちながら、「驚き」を与えること』という言葉は、研究開発に関わる私にはとても参考になりましたし、刺激的でした。

 第2シリーズでは、米炊き名人の小柳津大介氏が土鍋で炊き上げた赤米、緑米、黒米など様々な米をヴォワザン氏が試食するシーンがありました。それぞれの米にニュートラルでない強い個性があり、驚きの要素を含んでおり、少しアレンジを加えればひとつの料理として成り立つということでした。特に「黒米」は高評価で、アーモンドのような風味がベースとなり、酸味と甘み、苦みのバランスが絶妙という感想を述べられていました。

 番組の終了直後、さっそく我が家でも黒米を取り寄せました。その日から、我が家の食卓は、週に1度くらいは、色の着いたお米が並びます。白米には、ニュートラルであることの良さや甘味を中心とするおいしさがありますが、それだけを当たり前とするのではなく、自然というものを幅広く見つめ(感じ)、自然の恵みの多様さや季節による移ろいなどを知り(識り)、くらしの中に組み込む(愉しむ)ことが、本当の食やくらしの豊かさであるということを柴田監督の番組から教えてもらいました。


 

【個性的な風味とプチっとした食感が特徴の黒米(林家の食卓風景より)】


■斎藤賢道(さいとうけんどう)先生 名を冠した賞のある先生方(その2)

 続いては、生物工学会の賞に名を冠した先生方シリーズの第2弾として、斎藤賢道先生のご功績を紹介します。斎藤賢道先生は、明治11年に石川県でお生まれになりました。東京帝国大学(現東京大学)在籍中に、大気中のカビや細菌に関する研究を行っていたそうですが、その関係で明治34年に醸造試験所が設立された際に、敷地内の微生物の調査を命ぜられたそうです。この醸造試験所という場所は、日本中のありとあらゆる醸造物に関する発酵菌が集まる場所であり、斎藤先生にとっては研究材料の宝庫であったようで、醤油などの発酵食品中に存在する微生物の分離と種類の決定を系統的に行いました。東京帝国大学での学位取得後に、ベルリンへの留学を経て、南満州鉄道株式会社中央試験所(CLMR:Central Laboratory, South Manchuria Railway Co.)に進まれた斎藤先生は、醸造学上の貢献に加えて菌類研究者としての名声も高められ、同試験所の所長もおつとめになりました。同試験所が保有していた微生物のコレクション(CLMRコレクション)は、戦前の日本における主な菌株の供給源であり、日本の発酵産業を支えていました。ただ、当時はメディアや通信インフラが発達していない時代なので、この学問や産業界の発展にとって非常に有益な微生物コレクションの存在や中身を知る機会は限られていたと考えられます。それを解決したのが、斎藤先生の偉業の一つである、日本最古の保存株のカタログである「Catalogue of Cultures of Fungi」の出版です(昭和2年)。このことを鑑みると、斎藤先生は、優秀な研究者であるだけではなく、技術の広報や流通といったマーケティング的な思考も持っておられたことが想像できます。

 このように、日本の発酵微生物学の基礎を開拓し、かつ微生物株保存事業の草分け的存在としてご活躍されたのが斎藤先生であり、生物工学会の斎藤賞は、生物工学分野の基礎学の進歩に寄与した会員に対して授与される賞となっています。斎藤先生が明治45年に編纂された袖珍醗酵菌類検索便覧(丸善出版)は、国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧することができます。

 柴田監督の映画『陶王子』では、2万年前から続く人類のあくなき探求心と創意工夫が描かれているようですし、斎藤先生も微生物に関する探究心をベースに微生物コレクション(微生物ライブラリー)をつくり上げ、それをカタログ化することで情報発信と流通を可能にするという創意工夫で日本の国力を向上させました。ここ最近、世の中の変化のスピードが格段にあがっていることに加え、新型コロナウイルスという未曽有の災禍が世界を混乱させています。

 このような全く先が読めないことに起因する不安感や閉塞感が世の中に蔓延していますが、われわれの祖先は、様々な逆境がある中で、探求心と創意工夫で時代を切り拓き、私たちに新しい時代を用意してくれました。つまり、歴史は私たちに、人間には「探求心」と「創意工夫」であらゆる変化や困難に対応して、新しい時代を拓く力が備わっているということを教えてくれています。私も、この人間に備わる力というものをしっかりと信じて、ポジティブかつ真摯な姿勢でものごとに対処し、持てる力を最大限に発揮するように行動したいと思います。

 最後に、映画『陶王子』は、2021年の4月3日から大分市のシネマ5で上映されるそうです。上映初日には、柴田監督が大分に来られると伺っていますので、映画を鑑賞すると同時に、柴田監督と色々とお話をして、情熱と探求心を分けて頂こうと考えています。

※本稿で使用している写真は全て許可を得た上で掲載をしています。


  • 林 圭

    三和酒類株式会社 / 三和研究所 所長

    1972年、芋焼酎のメッカの鹿児島県で生まれる。
    九州大学農学部修了後、三和酒類株式会社に入社。
    研究所でキャリアをスタートした後、様々な部署を経験し、
    一昨年に三和研究所に戻る。
    社外活動として、醸造学会若手の会運営委員長ののちに、
    現在は日本生物工学会の理事を務める。
    50年代のジャズとNFL観戦を好む。