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宇佐をブルゴーニュ地方のように~西の星発売20周年によせて~

CULTURE REGION

宇佐をブルゴーニュ地方のように~西の星発売20周年によせて~

■20年前のその日

 みなさん、こんにちは。稲村です。突然ですが皆様、20年前は何をされていたでしょうか?社内には二十歳を迎える若者も頑張ってお酒造りをしていますが、彼らがちょうど生まれたぐらいのとき、私は、大学で生物学の勉強をする傍ら、フィールドホッケーというなんともマイナーな、しかしオリンピック競技にもなっている部活動に励んでおりました。勉強はというと、後に研究室でお世話になる先生の分子遺伝学の講義が英文そのままの教科書を使うので、とても苦戦していた思い出があります。

 さて、そのような学生時代を送っていた、今から20年前。2001年6月21日に三和酒類では、本格焼酎「西の星」が発売されました。商品の詳しい説明は、「西の星公式サイト」に譲りますが、「西の星」は「日本酒に山田錦のような酒造好適米があるように、麦焼酎の醸造にも好適な大麦をつくりたい」という想いから、焼酎醸造に好適な大麦「ニシノホシ」を開発し、その「ニシノホシ」を100%使用して醸造した焼酎です。

【2001.11.1 全日本学生ホッケー選手権大会で活躍する稲村氏】


■麦秋のある風景

 2004年の春、奈良県出身の私は、三和酒類の採用面接のために生まれて初めて大分県宇佐市を訪れたのですが、駅から会社までの道沿いに麦畑が広々と広がっている風景がとても印象的でした。古くから宇佐市は大分県随一の穀倉地帯です。広い圃場での二毛作が盛んで、夏作は稲や大豆、冬には二条大麦、六条はだか麦、小麦といった麦が栽培されています。先の、焼酎醸造好適大麦「ニシノホシ」の作付けも1998年から17ha(ヘクタール:面積の単位、17haは東京ドーム3.6個分)で始まり、現在では、およそ1,100ha、東京ドーム235個分の広さにまで拡大し、宇佐市の麦畑の約40%を占めるまでになっております。今でこそ、5月の麦秋の季節には、宇佐市では道を歩いているとき、視線を横に向けるだけで広大な麦畑の中に堂々と風になびく「ニシノホシ」畑が広がり、季節を感じることができますが、ここまで来るのに一体どれほどの方のご尽力があったのでしょうか。当然ながら、「ニシノホシ」を栽培いただいている農家の皆様のおかげと感謝しています。

【「ニシノホシ」の麦秋】


■広がる「ニシノホシ」

 現在は、130の個人と団体(2020年)の農家の皆様に「ニシノホシ」栽培にご協力いただいています。団体の中には組合員も含まれますので、実際の人数としては200名を超える農家の方々にご協力いただいています。中には、本格的に栽培が始まった1998年当時から「ニシノホシ」を栽培し続けていただいている方もいらっしゃいます。その方にお話しを伺うと「ニシノホシ」を栽培する前は、六条はだか麦や小麦を作っていましたが、大分県と三和酒類とのプロジェクトで選抜された「ニシノホシ」ができた際に、地元企業のために一肌脱ごうと、六条はだか麦の畑を一面「ニシノホシ」に変えていただいたのだとか。

 しかし、「ニシノホシ」は、六条はだか麦や小麦に比べて、収穫が早いという良さはありますが、畑の水分が多かったり、酸性の度合いが強すぎたりすると生育に悪影響が出やすいため、麦種の転換は一筋縄ではいかなかったとのことです。それでも、JAおおいた様や大分県の試験場や普及員の皆様のご尽力もあり、「地元に貢献出来るのであれば」と多くの農家の皆様がご協力して下さいました。そんな皆様の努力が実り、宇佐市に「ニシノホシ」がある風景が定着してきました。今では当社の若手社員の中には「高校時代、毎日自転車で「ニシノホシ」畑を眺めながら通学し、会社に入ってからはその麦で焼酎を醸造している」なんて人もおり、その定着具合を実感しました。


【ニシノホシ圃場にて農家の方と一緒に】


■この20年は感謝の歴史

 さて、本格焼酎「西の星」を発売してからの20年の間には、多くの地域の方にご協力いただいてきました。まずは、原料の「ニシノホシ」の栽培をしていただいている農家の皆様。我々が求める大麦の品質を理解して、栽培方法を検討いただき、普及活動をして下さる大分県の試験場や普及員の皆様。同じく栽培方法の普及にご尽力いただき、収穫した「ニシノホシ」を集荷して異物を取り除いて水分を調整した後、麦の安全性や品質・数量を確定して下さるJAおおいた様。完成した「西の星」を、お取り扱いいただいている地元宇佐市を始めとした酒販店や飲食店の皆様。そして、焼酎を楽しんでいただいているお客様。そういった多くの方のご協力があってこそ、この20年、「西の星」を造り続けることができているのだと思います。これまでも「iichiko西の星賞表彰式」や「ニシノホシ生産者交流会」「うさ農業祭」という取組で地域の方とコミュニケーションを取る企画を進めてきました。これからも、宇佐市の文化として「ニシノホシ」の取組が定着していけるように活動したいと思います。

 とはいえ、これからも宇佐市で「ニシノホシ」を永続的に作付けいただくことが無いと文化として定着していきません。宇佐市の農業においても全国的な傾向にもれず高齢化が進んでおります。若い人に関心を持っていただくことが重要な課題となります。宇佐市役所と協働で実施している「麦の学校」では、市内の小学生に一年を通じて麦作を体験していただく授業を開催しています。また今年から、大分県立宇佐産業科学高校に「ニシノホシ」の栽培をしていただき、それを三和酒類が醸造する。それを通じて学生の皆様に農業の素晴らしさを学んでいただく職場体験プログラムを開始します。

 宇佐市は麦の生産量では他県には勝てないかもしれませんが、焼酎醸造用大麦の優良産地として「品質」や「造り手と生産者との結びつき」そして「将来の担い手」では負けないように、これからもワンチームで頑張りたいと思います。

 

【大分県北部振興局の方々、宇佐産業科学高校学生さん(中)、稲村氏(右)】


■宇佐をブルゴーニュ地方のように

 これまでの20年では、多くの先輩方が、美味しい焼酎を造るための醸造や栽培に関する科学的なエビデンスや圃場や蔵での創意工夫を通じて、地域の関係者同士の信頼関係を築き上げて下さいました。これからの将来は、この技術と関係性により磨きをかけ、宇佐を他の大麦栽培地とは一線を画した焼酎用大麦の優良産地としていくために、「地域全体の協働」という形で取り組んでいきたいと感じます。100年後の未来には、世界に名だたる麦の産地「宇佐」で造られた焼酎が、ブルゴーニュの特級畑である「ヴォーヌ・ロマネ村」で造られたワインと同等に語られる未来を思い描いています。


  • 稲村 太郎

    三和酒類株式会社 / SCM本部付 生産企画チーム チーフ

    1980年、奈良県橿原市生まれ。広島大学理学研究科修了後、2005年三和酒類に入社。
    趣味:こどもに遊んでもらう、田んぼ。