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こうじ探求人の学び日記 その9 ~いろいろなMORI~

CULTURE

こうじ探求人の学び日記 その9 ~いろいろなMORI~

■土器は自然(土と炎)と遊んだ人類の好奇心から誕生した

前回ご紹介した映画『陶王子2万年の旅』(プロダクション・エイシア/NED/NHK/Tencent Penguin Pictures,2021)を鑑賞しました。陶王子の声は、「あまちゃん」でヒロインを演じた“のん”さん。

周囲の人間が老いて死にゆく中で、2万年もの間、老いることのない陶器の人形として色々な時代や世代を見てきたという陶王子の人格(人形格?)と、“のん”さんの若い響きでありながら憂いと優しさの感じられる朴訥とした語り口が非常にマッチしていて、リアルさを感じさせてくれる作品でした。

映画の中身は、これから観る方もいるでしょうから詳しくは書きませんが、私は、陶芸家の熊谷幸治氏が語ったことが深く印象に残りました。


熊谷氏は、「自身の作品を通じて土を見てもらいたい」という思想をもったアーティストです。我々現代人は、日ごろ自然や地球に対する感動や感謝の気持ちを忘れがちですが、熊谷氏は自身のアート作品を通じて、実は自然や地球の恵みである(というか地球自身である)土をしっかりと見てもらい、自然の偉大さを知ってもらうということをご自身の使命とされていると感じます。

昔の人たちは、当然、サイエンスやテクノロジーは今ほど発達していなかったわけですが、だからこそ自分たちの周囲(地域)に存在する自然をうまく取り入れて、それに対する感謝と畏怖の念を日々忘れずに、ある種自然と一体化して暮らすという文化を形成してきました。

映画の中で熊谷氏は、「土器は必要から生まれたのではなく、土と炎と遊んだ人類の好奇心から誕生したのではないか」という仮説を立てていましたが、非常に説得力がありますし、私もそうだったのであろうと感じます。


近年は、SDGsや脱炭素というワードが新聞をにぎわせており、ある種のブームといった動きとなっています。この地球環境を大切にするという動きは、もちろん大切なことではありますが、政治・経済・金融といった視点から表面的に取り組むのではなく、先人たちにならって自然というものをまずしっかりと見て、その偉大さや大切さを自身の五感を通じて感じることが必要であるということを、この映画を見て思いました。そうすれば、自ずと自然に対する慈しみも生まれてくるのではないでしょうか?このように、映画「陶王子」や熊谷氏の陶芸作品は、私にとって自然というものを見つめなおすいい機会となりました。

陶王子の柴田監督は2010年に「MORI KIKI(森聞き)」という作品も撮っておられます。100人の高校生が、100人の森の名人を訪ねて、見聞を深める姿を映像として記録しているようです。見出しに掲げられた「生きるというのは、好き嫌いじゃない」という森の名人(老媼)のお言葉が非常に印象的で興味をそそられます。この映画も、早く観てみたいと思います。

私が日ごろ携わっている麦焼酎「いいちこ(iichiko)」に関する仕事も、「大麦」、「麹菌」、「酵母」、そして「おいしい水」という自然の恵みなしには、お客様に対して良いものをご提供することができません。今一度、私たちは自然によって生かされているということを念頭に置きながら、好奇心(発想と創意工夫)をフル活用して、人と自然との豊かな関係が継続的に続くように取り組んでいきたいと思います。



■もうひとつの「MORI」の話

私が尊敬する河北秀也氏は数多くのエッセイを記しています。どれも含蓄に富んでいるだけではなく、読み物としても面白く、多くのエッセイが記された『河北秀也のデザイン原論 著者 / 河北秀也(新曜社)』は私のバイブル的な存在です。

なかでも、私が一番好きなのは「はぐれる。(『河北秀也のデザイン原論 著者 / 河北秀也(新曜社)』13ページ)」というエッセイです。


《このはぐれモノが、生物学上では大変重要なポジションにあるのを御存じだろうか。(中略)一匹離れてフラフラしている。当然、敵が襲ってくるとまっさきにやられる。はぐれモノは「ギャー」と悲鳴を上げる。その悲鳴を聞いて、群は一斉に逃げる。はぐれモノは、哀れにも犠牲となって群を守るのである。(中略)時として食料も枯渇することがある。群には死が待っている。だが、ここでもはぐれモノが、またまた群を助ける。いつもフラフラしているから、意外な場所で食料をみつける。そして、「ここにあるぞ」と叫んで群を案内するのである。もし、動物が整然と群だけで生活し、このようなはぐれモノが存在しなかったら。とうの昔に動物は滅んでいただろうといわれている。さて、二人のはぐれモノはこの世界を救えるか。》


このエッセイにインスピレーションを受けて、私は意外な場所で(人と異なる視点を持って)、食料をみつけ(人の幸せにつながることを見出し)、群を案内する(みなさんと共に進む)ことを意識して生きてきました。

この生き方は、これからもずっと続けていこうと思いますが、最近、このはぐれると並んで、好きな河北氏のエッセイができました。それは『場所のこころとことば デザイン資本の精神 著者 / 河北秀也(E.H.E.S.C. 知の新書007)』掲載されている「MORI」であり、


《木は常に動いている。風が吹かない日でも、微妙な空気の流れの中でいつもかすかに動いていた。森は生きていたのだ。その夜、教科書がわりに見ていた「油絵の描き方」という本を破り捨てた。その本には“樹木の葉の色は、種類、季節によって異なる。それをよく観察し、木は一つのマスとして捉え表現する”と書いてあった。

嘘である。描くことは、見ることであり、事物を知ることであり、生命を理解することであるはずだ。理解した上で自己のイメージを表現する行為である。あるいは、それらを描きながら知っていくことである。》


という部分がとても心に響きました。

 


昨年くらいから『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考 著者/末永幸歩(ダイヤモンド社)』以下、13歳からのアート思考)が話題になっていますが、「ひとりひとりがそれぞれの『ものの見方』『自分だけの答え』を見つけて深めることが大切である」という主旨のことが分かりやすく記されており、アート音痴な私でも理解することができました。

「13歳からのアート思考」とエッセイ「MORI」は、本質的には同じことが書いていると思います。やはり河北氏は数十年くらい時代の先を進んでいると感心した次第です。というのも、実は、この「MORI」は1987年に河北氏が記したエッセイです。おそらく私も以前目にしたことがあるはずなのですが、当時の私は感じ取ることができず、記憶に残しておりませんでした。

歳を重ねて私の思考も少し変わってきたこともあるのでしょうが、『13歳からのアート思考』を読むことにより、頭を少し柔らかくすることができたから、「MORI」の本質を見ることができるようになったことも大きく影響したと思います。

これからも、様々な分野の書籍を読んだり、一流の方々と交流などの事物を知る機会を通じたりと、自身の幅や柔軟性を広げることに取り組んでいきたいと思います。

もう一つ河北氏から学んだことを記します。それは、河北氏と映画プロデューサーの葛井克亮氏と私で話をしている中で「せっかく東京に来るんだから一流のホテルに泊まるといい」というアドバイスを頂いたことです。当時、出張で東京に泊まる機会が多かったのですが、会社から支給される宿泊手当の数倍の額のホテルにしばしば泊まりました(もちろん、足りない分は手出しです)。お酒関係のお仕事ですので、夜も色々とやることが多く、ホテルでくつろげるのは深夜のひと時だけですが、その一瞬だけでも非日常の空間を味わえて、当時はとても「得をした気分」になったことを覚えています。

でも、そこは本質ではありませんでした。後になって一流のホテルの「ホスピタリティ」「デザイン」「格式」「そこに集う人たちの品格」に接したことが大きく活かされる場面が数多くありました。自分自身への投資をすることによって得たこの経験は、今の私の礎となっています。



■照井堯造(てるいぎょうぞう)先生  名を冠した賞がある先生方(その3) 

照井尭造先生は、明治42年に岩手県でお生まれになり、大阪帝国大学(現大阪大学)工学部醸造学科を卒業し、同大学にて勤務しながら、微生物酵素生産、クエン酸を含む有機酸発酵、アミノ酸発酵、抗生物質生産などに関する生理的、遺伝的な研究など幅広い範囲で大きな成果を残されました。発酵生産の動力学と培養工学といった新しい学問領域をこれらの研究によって体系化したことなどから発酵工学および生物化学工学の先駆者と称される先生です。

研究のみではなく、学会活動にもご尽力されたようで、1961年(昭和36年)に大阪醸造学会の会長に選任されると、同窓会的要素のあった同学会を発展的に改組し、純学術団体である日本醗酵工学会(日本生物工学会の前身)を起し、初代会長をお勤めになりました。

また、先生は国際生物工学機構の副議長、国際応用微生物学委員会の委員長および国際生物科学連合の執行委員長として、国際的学界においても指導的役割を果たされ、1972年(昭和47年)3月に京都で開催された日本学術会議主催の第4回国際醗酵会議(International Specialized Symposium on Yeasts; ISSY)では組織委員長として活躍され、先生のご指導によるこの会議の円滑な運営と充実した成果は、今日でも世界的な話題となっているようです。

このように、照井先生は、醸酵工学、応用微生物学、生物化学工学の国際組織の要職を歴任されて、これらの科学・技術領域での国際協力を推進し、その成果を世界人類の幸福のために役立てようとご尽力されたそうです。

そのような背景の下で、生物工学会の照井賞は、生物工学分野の進歩に寄与した会員に対して授与される賞となっています。

照井賞の過去の受賞者には、私の大学時代の恩師である田中賢二先生(近畿大学教授)や同級生であった柘植丈治先生(東京工業大学准教授)が名を連ねております。お二人とも、研究に対する情熱とあくなき探求心をもっている方々であり、よく大学の実験室に泊まり込みながら、ジャーファーメンター(微生物培養設備)と向き合っていた姿が思い出されます。先生方のテーマの一つが、グリーンプラスチックと呼ばれている生分解性プラスチックですが、今からの時代にとても重要な役割をもつ研究であり技術であると思います。お二人とも、照井先生のように、成果を世界人類の幸福のために役立てようと日々頑張っておられると思います。なかなかお会いする機会はないですが、学会などで先生方の研究成果をしっかりと学ばせてもらいながら、応援をしたいと思います。


さて、このKOJI SPIRIT.comへの記事のアップについて前回から時間を空けてしまいましたが、実は日本という国の重要な財産である「麹」および「その麹の力や麹の文化が集約されて造られている本格焼酎」の魅力を世界に向けて発信するために、本格焼酎の定義や製造方法、特徴などについてまとめた英語学術論文(総説)の作成に力を注いでおりました。

論文作成にあたっては、社内の研究者に加えて、後藤正利先生(佐賀大学教授)、二神泰基先生(鹿児島大学准教授)という麹研究の第一人者の先生方にもご協力を頂きながら作成しました。

掲載されたのは、Journal of Fungiというオープンアクセスジャーナルで、無料公開されております。

これからも、色々な方のご協力を賜りながら、麹の文化や魅力について世界へ発信する活動に力を注ぎたいと考えています。


さて、最後に今日は二つのMORIについて記しましたが、私の会社は以前より「酒の杜(Sake no MORI)」という構想を提唱しておりますし、研究所には8月に森(MORI)さんが異動してきました。私の周りは色々なMORIでいっぱいになってきております。

実は、私の名前(林 圭)にもMORIになる要素が含まれています。

「林」という漢字は、森という漢字になるには「木」が一本足りませんが、私の名前の「木」には、自然の恵みであり木に栄養を提供する「土」が木と同じ数だけ備わっています。つまり、私の「木」は継続的に土から養分が補給され、やがてMORIへと成長します。いい名前をもらったと、親に感謝するこの頃です。


  • 林 圭

    三和酒類株式会社 / 三和研究所 所長

    1972年、芋焼酎のメッカの鹿児島県で生まれる。
    九州大学農学部修了後、三和酒類株式会社に入社。
    研究所でキャリアをスタートした後、様々な部署を経験し、
    一昨年に三和研究所に戻る。
    社外活動として、醸造学会若手の会運営委員長ののちに、
    現在は日本生物工学会の理事を務める。
    50年代のジャズとNFL観戦を好む。